鍵一つかければ出かけられて、隣近所がうるさくないマンションが共稼ぎ夫婦にはぴったり。
この先私やあなたの仕事がどうなるかわからないけれど、少なくともいまは、このままずっと私は勤めを続けていくつもり。
だから私も出資して共同名義にしましょう。
そうしたらあなた一人の負担にはならない。
二人分の収入があるならばこの近辺でマンションを探すことも可能だし、一番現実的でしょう」う−んう−んと考えている夫の前に、ドサッと『住宅情報』やら不動産のチラシを置いた。
「えー、もうこんなに資料を集めているんだぁ…」絶句する夫に私はいいわたした。
「今週の週末から見て歩くつもりなの。
つきあってね」それから四ヵ月後。
二十軒ほど見た結果、私たちは住んでいた借家から数百メートルほど離れたところにあるマンションを購入した。
一九八二年十二月。
結婚後五年目で、私たちはついに念願の“持ち家”を獲得したのである。
私の会社まで四十五分以内。
駅にも保育園にも歩いていけること。
予算は三千万円以内。
はじめて買うマンションに、私たちがもうけた条件はこんなものだった。
広さについては、予算によっておのずと決まってくる。
保育園と私の職場を考えると、探す地域も決まってくる。
そして見つけたのが、渋谷から急行で十五分ほどのところにある私鉄沿線沿いのマンション。
駅から徒歩七分。
築四年、八階建て、戸数百二十戸の中規模ファミリータイプである。
広さは六六平米。
五畳のダイニング、七畳のリビング、四畳半の洋室と六畳の和室の2LDKの間取り。
ダイニングに窓はないが、つづきの間となっている東側のリビングには窓がある。
リビングと和室の引き戸を開け放して使い、玄関脇の四畳半を一家の寝室にした。
価格は三千万円で、夫名義で二千万円のローンを組んだ。
結婚前から貯めてきた資金が二人合わせ八百万円ほど。
税金、登記料、不動産屋への手数料、引っ越し代など入れると、結局四百万円の資金が足りず、ついに親に資金援助をあおいだ。
生まれてからずっと地方都市で暮らしてきた父親にとって、“家”というのはまず門があって、歩いて玄関まで行き、ガラリとあけると広い三和土があって、客間があって、庭があって…と要するに田舎の一軒家以外考えられなかった。
私が「家を買うのでお金を貸してくれないか」と頼むと、「お金を出す以上は自分の目で見ておかなければ」と心配して、契約前に上京してきた。
不動産屋とともにマンションの部屋に入るなり、父はいった。
「なんやこれ。
ホテルの部屋みたいやないか。
玄関から十歩歩いたら突き抜けてしまうなあ。
こんなもんが三千万円もするのか。
家、いうからもっとマシなもんかと思っとった」まだ住んでいたその部屋の住人がいなかったからよかったものの、不動産屋と夫の手前、私はひやひやした。
東京と地方とでは家についての“常識”がちがうこと、これでも二十八歳と三十三歳の私たち年代が買うには、もしかすると身の程知らずかもしれないほどの“豪華住宅“であること。
でも二人で働いていきたいのでこの地の利は捨てがたいことなどを父に資料を見せて説明し、なんとか援助を承諾してもらうところまでこぎつけた。
「たしかに東京の住宅事情を考えたら、サラリーマンの若夫婦がちょっとまともな家に住もうと思ったら、なかなかむずかしいもんがあるやろ。
援助せんというのではないが……やっぱりこんなもんにと思うとなあ……」父はため息をついた。
父に「こんなもん」といわれてしまったものの、私たちにとっては夫婦ともに生まれてはじめてのマンション暮らしの何もかもがうれしくてたまらなかった。
まず一年中暖かく、湿気も少ないので、風邪をひかなくなった。
風が吹きわたっていた家から越してくると、マンションは実に高気密高断熱。
三万円で買ったガスストーブ一台で家全体が暖かい。
夏もクーラー一台で涼しい。
騒音に悩まされることもなくなった。
それに洗面所まである。
それまで十年にわたって台所で洗顔し、流しにおいた鏡で化粧をしていた私にとって、洗面所のありがたさは身にしみた。
蛇口をひねると一日中お湯が出ることも、洗濯物を干す場所ができたことも、ゴミを出す時間制限がないことも、すべてにルンルンと鼻歌さえ出るほど快適でうれしい。
二千万円のローンを組んだことさえ忘れそうになるくらい、私たちは「快適なマンションライフ」に酔った。
大げさだが、ここではじめて私は「生活をしている」気になった。
借金が大半とはいえ、“わが家”と呼べる空間にいることで精神的にも落ち着けた。
それから三年たち、娘が歩いて三分の公立小学校に入学することになった年のはじめ、親子三人で近所のスーパーに買い物に行った。
店頭に並べられた学習机の前で夫がふと立ち止まった。
「なあ、S(娘)の勉強机はどうする」「机?」「ほら、机がいるだろう。
場所くらいはつくってやらないと、勉強しないかもしれないぞ」「だって、そんなもの買ってもウチは置く場所がないわよ。
当分は食卓でいいんじゃないの」「そうはいかないよ。
親がテレビ見ているそばで勉強なんかできっこないだろ。
リビングに置いてやればいいよ。
子ども部屋はまだいらないかもしれないけれど、自分だけの空間があるとずいぶんとちがうもんだよ」その言葉に納得したし、ちょうどバーゲンをしていたこともあって、できるだけシンプルな学習机を即決で買った。
娘は予想以上に大はしゃぎで、リビングの隅に置かれた机に座って、マンガを描いたり折り紙を折ったりして、楽しんでいた。
狭いながらも楽しいわが家は本当か。
ところが机が一つ増えただけだというのに、とたんに部屋が狭苦しく感じられるようになった。
子どもの道具というのは彩りがあざやかで、白と茶で統一していたインテリアの中にあると、ひどく違和感があった。
そこでこの際だからと思い切って家財道具を整理し、棚をつけたり、テーブルを買い換えたりして部屋の模様替えをした。
とくに赤ん坊関連のものを大々的に処分した。
それまでは、もしかしたら第二子が……という淡い期待があったので、ベビーベッドやバギーをはじめ、布団やおむつや服やおもちゃにいたるまで全部とっておいたのだ。
しかし六年たっても妊娠しなかった時点で「もう子どもは一人にする」と決意を固めた。
この地代の高い東京で、あてにならないことのためにものをとっておくのは無駄だ。
いま必要なものだけで暮らす覚悟がないと…。
そう考えてベビー用品をできるかぎり人に譲り、最後に引き取り手がなかった積み木セットをビニール風呂敷に包んでマンションのゴミ置き場に「どうぞ持っていってください」というメモをつけて置いたところで……なんと、青天の霹靂。
私は妊娠していることがわかった。
まったくもって、人生には予測のつかないことが起きる。
おめでたい話だというのに、喜びよりも当惑のほうが先に立った。
もういっぺん一から育児を始めることのたいへんさもさることながら、この狭いスペースに赤ん坊が割り込んでくると思うとため息が出た。
狭いながらも楽しいわが家、なんてことは、よほど人間ができた人たちだけに通用する。
狭いとそれだけ人間関係は密になり、ぎくしゃくしてくる。
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